ATARI ショック~その後(1983~1987年)

<1983年。任天堂バレーボールの成功を祝ってアメリカCES視察>





【ATARI ショックはどうなってた?】

『アタリショック(ライセンス管理を怠り、低品質なゲームが乱造され、アメリカの家庭用ゲーム市場が崩壊した)』は、1983年頃。

私が視察に行って撮った、この写真の『CES』(ラスベガス)は、1987年1月。

会場がアメリカだということもあるか、ATARIが大がかりな展示をしてる。
この当時で、ゲーム市場における、ATARIのプレゼンスは、どの程度だったんだろう?
このあと、任天堂時代になるわけである。

私は『任天堂バレーボールの原作者&移植ディレクター』として、パックスソフトニカの"部長"として、任天堂さんとお付き合いがあったので、任天堂さんがライセンス管理(ゲーム内容品質管理)に力を注いでいたことを直に見聞きして知っている。

ファミコンブームで、投機目的としか思えない劣悪ゲームが多数出回った時期があったが、アタリショックのようなものが起こらなかったのは、任天堂さんの『ライセンス管理』があったからだと実感してました。

------------
【注】
X投稿で、@tamagegi_itame さんかrコメントがつきました。
『写真1枚目のAtariはパソコン部門を切り離されて元コモドールのジャックトラミエルに買収されたAtari corp.の方ですね。(Atari ST等のパソコンの会社)。アーケードゲームや家庭用ゲームのAtariとは別会社です』
とのことでした。

なるほど、なるほど。
SNSでは、いろいろ教えてもらえて助かりますね。感謝!



<--前 Home 一覧 次-->

<スポンサーリンク>

2026年04月30日