タマ危機一髪 (子供のころ飼っていた猫のタマとシェパード犬のアローは仲が悪くて、ある日事件が…)
タマ危機一髪 |
大昔の、子供の頃の話。 小学生の頃、キジトラ猫とシェパード犬を飼っていた。 猫はタマ、犬はアローというのが呼び名だった。 これから書く出来事は、私が小学校に行っている昼間に起こったので、これは後で母から何度も詳しく聞いた話である。 当時、母は自宅一軒家の一階で、お好み焼きの店をやっていた。 店の裏には、大人の背丈くらいの高さの板塀を廻らせた狭い庭があり、昼間の数時間、シェパード犬のアローは鉄製の檻から出してもらい、庭の中だけだが自由に駆け回っていた。 シェパー巨体で力も強いので散歩がたいへんだからだ。 父が飼い始めた犬だったが、実際に世話をするのは、いつも家にいる母であり、アローは食べ物を与える母だけに従順だった。 シェパードといえば警察犬というイメージで賢いはずだが、アローはどこか抜けたところのある犬でもあった。そのせいか、よくタマにからかわれていた。 タマは、アローが檻の中にいるときは悠々と庭を歩き、ときに檻のそばまで近寄り、毛づくろいなどをした。 それを見たアローが檻の中から吼えると、タマは「フゥー」と毛を逆立てて興奮して反撃し、檻の格子の間から出ている、アローの鼻の頭を引っかいたりしていた。 アローが昼間に庭に出てくると、高い屋根やアローが伸び上がっても届かない板塀の上で、じっとアローを見下ろしていた。 板塀の上にいる、というのは、塀の上部には15センチ幅の横板が地面と平行に固定されていたのである。ちょっと幅は狭いが、その板の上でタマは歩いたり寝たりして、くつろでいたのだ。 その日も、タマは気持ちよく寝ていた。そして、アローは檻から出してもらう時間帯で、庭に出ていた。 小春日和だった。 母が店でお好み焼きを焼いていると、庭で「フンギャー!!」というタマの異様な絶叫が何回も聞こえた。 異常事態が起こったのは、間違いない。母は慌てて庭に飛び出した。 見ると、タマが庭の中で、巨体のアローに追い掛け回されていた。 どうも、タマが眠りこけて庭の中のほうに落ちたらしかった。 それまでも時々塀の上から落ちるのを私は見たことがあったが、それまではたまたまアローは檻の中にいたのだった。 タマは必死で逃げている。 アローが特に強暴だということはないが、捕まればたぶん噛み殺されるだろう。 母がアローを叱りながら首輪を掴むが、アローは興奮していてなかなか制御できない。 母がアローの動きを少し止めた隙に、タマは死に物狂いで爪を立てて板塀をよじ登ろうとした。 が、塀の上板までは行くことができず、その手前あたりでピタリと動かなくなった。 あとで、母が、 「塀に、セミみたいにとまって…」 と表現した。 アローはそれを見ると大興奮して、母の手を振りほどき、 セミみたいに動かなくなったタマの尻のすぐ下に突進した。 タマの尻のすぐ下には、アローの鼻先、いや鋭い牙があった。 まさに危機一髪だった。 母は、吼えまくっているアローの首輪を再度つかんで檻に押し込み、タマを板塀から【取り外した】。 そのときのタマの様子を母が面白がって、その後、何度も何度も繰り返し家族に言うことになるのだが、言葉どおり、まさに 「塀にくっついとった猫を取り外したんよ」 という表現がピッタリだったらしい。 そのときのタマは、おしっこを漏らし、板塀に爪を引っ掻けたまま硬直して動かなかったのだそうだ。 「ほんとに、体がカチカチなんよ。カチカチに硬いんよ。猫は柔らかいはずなのに。もう心臓マヒで死んでると思うた」 と、あとで母は大笑いで回顧した。 私は人生で、【気絶してカチカチに固まって、庭の板塀にセミのようにとまっている猫】というものを見たことがないので、今でも半信半疑ではある。 母は板塀に食い込んでいるタマの爪をゆっくり外し、カエルのような格好のまま固まって気絶しているタマを抱いてみた。カチカチに固まったまま、タマはピクリとも動かなかった。 そんなタマが 心配であったが店も忙しく、硬直しているものの、どうやら生きているようなので、母はタマを小部屋の座布団の上に置いておいた。 寝かせたというより、「置物を置いたような感じ」だったそうだ。 数時間後…。 タマは覚醒したようで、あくびをしながら母のそばまでやってきたそうだ。 そして、一声、「ミュアー」と鳴いた。 私が学校から帰ったとき、タマはいつものように何事もなかったかのように、ガツガツと猫マンマを食べていた。 タマはしばらく、庭のほうには出ず、塀にも上らなかった。 (このお題、完) |
<--前 | Home | 一覧 | 次--> |
<スポンサーリンク>