(大昔の)大阪万博の苦い思い出 [1] (1970年の大阪万博で、私は人生最初の【コンピューターゲーム】を体験し…)

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(大昔の)大阪万博の苦い思い出 [1]

また大阪で万博が開催されるそうである。

万博の誘致が決定したとき、ニュースで集まっていた関係者の歓喜の様子が放送されていたのを偶然見たが、絵面が変だった。
背広を着たオッサンばかりが集まって、万歳までして喜んでいた。

この人たちは、そんなに万博が好きなのか?

「よし!これで何らかの人類の発展に寄与する情報を発信し、世界文化の交流の場ができるぞ!」
という意味での歓喜は見られず、
「経済効果!こりゃ、商売になりそうだぜ!」
という雰囲気だった。というか、そういうコメントばかり聞かされたような…。

気持ち悪い。

そういえば妻と『愛・地球博』に行ったけど、行列する気になれず、とりあえず頑張って並んでマンモスは見たけど、あとは小さな国の小規模な展示を見ただけになった。それなりに面白くはあった。

とはいえ、夜、ホテル近くの有名店で、手羽先を食べた印象だけが残っている。

残念だ。

さて、私が語りたいのは『大阪万博』のことである。

といっても、これから未来に開催されるものではく、
「1970年の~こんにちわぁ~~~~」
という昔の大阪万博のことである。

私は30数年、フリーランスでコンピューターのソフトウェア・エンジニアをしているが、パソコンは好きではない。
パソコンが好きでない原因は、この大昔の大阪万博での出来事にあるのかもしれない。
いや、正確に言えば、パソコンは関係ない。

あの万博のコンパニオンのお姉さんの、私に対する仕打ち…。
それが私の心に深いトラウマを残した…のか?

今でも、展示会などに行って、ニコニコ笑ってるコンパニオンの女性を見ると、
「あの嘘笑いの裏に、恐ろしい本性が…」
と、つい思ってしまうのである。

…。

当時私は、まだ可愛く、いたいけない小学生であった…はずだ。
子どもというものは、経済効果や人類の未来とかとは関係なく、そういうイベントが見たい。
おもしろそうだから。

私は広島で育っていたから、大阪は遠い。
が、大阪には叔父がいた。

私と弟は熱心に両親に対し、
「科学時技術と世界の文化の展覧会を体験することは、子供の成長に多大なる好影響を及ぼす…はず」
などという正論で迫るのではなく(…そんな知恵はまだない)、ただただ珍しくて新奇なものが見たい!という子供の本能的な強い欲求を、
「行きたい!」
という一言に込めて、毎日毎日、親がイヤになるまで言いつのった。

同時に、実家で母がやっていたお好み焼き屋の手伝いをするふりをしながら、いかに我々兄弟が万博に恋焦がれているか!を猛烈にアピールした。

その時の万博の目玉はなんといっても、アポロが持ち帰った【月の石】の展示であった。
「アメリカ館に行きたいんじゃ! えかろうがぁ。行かしてくれん?」

その時の私の熱意は、その後の私…数学が全く理解できないにもかかわらず、宇宙と物理学が好きになり、そのジャンルの本を購入しては数式を無視して読み漁って理解した気になる…という残念な青年~大人に成長していく…、その芽生えであったのか?

ともかく、そういう熱意ある運動(ふてくされた態度で親を追い込むダークな手段も併用…)が実り、父が大阪の叔父に頼んでくれ、私と弟の二人は大阪万博に行けることになったのであった。

両親は忙しかったのだろうし、さほど万博に関心もなかったのか、私と弟の二人だけで行くことになった。
いや関心はあったろう。おそらく経費のことを考えたらホテルはムリだし、親子で叔父の家に泊まるのも気が引けるという理由もあり、
「私たちはともかく未来ある子供たちにだけは、そのなんかわからないが、凄そうな万博を見せてやりたい!」
という親心であったろうと、想像する。

親に感謝。ありがたし。
私のような【いちがい】で小生意気だった子供でさえ、愛情深く育ててくれたのだから。
(子どもがグレたり、ひねくれたりしない程度の『愛の鞭』込みでだけど…今やこういう表現も許されない時代…)

ということで、夏休みに、私と弟は大阪に旅立つのである。
が、どうやって大阪に行ったかは、憶えていない。

山陽新幹線は、1970年には、まだ開通していないはず。
飛行機に生まれて初めて乗ったのは、19歳の時だし…。
(CAさんにサービスの雑誌か新聞を渡され、「これ、いくらですか?」と訊いた苦い思い出…)

山陽本線で三原から大阪まで行ったのだろう。
まさか普通ということはなかろうから、特急とか?
何も思い出せない。

ともかく、幼かった私は、もっと幼かった弟と二人で、『はじめてのおつかい』じゃなく『はじめての子供旅行 for 大阪万博』に旅立ったのである。

目指すは、世界の大阪万国博覧会!
19070年のコンニチワ!
見るぞ、アメリカ館の【月の石】!

(このお題、つづく)

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2019年06月08日