<パックスソフトニカを去った後の最初の作品>
1988年の『貝獣物語』(ナムコ、バースデー) 今年3月のイベントでお会いした日本在住20年のマイクさんからのメールが来て、 『スタッフの【スタジオ51】ってなんですか?調べてもわかりません』 と質問されました。 ご存知のように、私、わけあって、自分が開発に参加したゲームを持ってないし、見ることもなく30数年経ってます。 (そのあたりのことも含め、任天堂バレーボール開発時代のことを、近々HPに連載します)
ということなので、私はマイクさんのこの質問の意味がわからなかったのですが、調べると確かに、 『プログラム︰スタジオD51』となっている。 はて? 私の名前は、サウンドプログラム、サウンドエフェクトのところに記されている。(データ圧縮解凍プログラムも担当) その他のすべての全体メインプログラムは、私の師匠の田村幸雄氏(イマージュソフト、パックスソフトニカ社長)が担当した。 だから、ここは、 『プログラム︰田村幸雄』 でいいはず。 これは、その後の『じゅえべえくえすと』も同じスタッフなのだし。
さて、この『スタジオD51』とは何なのか? 37年後に出てきた謎なのです。 どなたかわかれば、ご教授ください。
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