東京タワー (大学で上京した『超方向音痴』の私は東京タワーを見学しようとするが…)

東京タワー

私は東京に住んで数十年経過してから、やっと東京タワーを訪れた。
真下から見上げる夜の東京タワーは、美しかった。

「やっと、来たぞ」
と、私は胸がいっぱいになった。

感激?
スカイツリーさえある時代に?

実は私は上京したての頃、東京タワーに行こうとして行けなかった苦い過去ががあったのだ。

既に遠い昔となった数十年前、大学生となった私は広島から出てきて板橋区に住んだ。

「東京タワーに行かねば」
と、田舎者の私はボロアパートでの荷物整理がすんだころに考えた。

東京タワーが見たいのは、きわめて普通の感覚であろう。スカイツリーなどないし、サンシャイン60もまだ建設中だったし、新宿副都心のビルもまだ少なかったし。

そう、高い建造物の代表は、やはり東京タワーである。

昔のことで、インターネットなどかけらもない。パソコンというものが売り出されて間もない頃である。誰も持っていない。

そこで本屋で買った東京都観光マップみたいなものを参考にして出かけるのである。田舎から上京したばかりで、右も左もわからないのだ。

とはいえ行き方は簡単である。なにせ天下の名所の東京タワーである。
観光マップ案内に書いてある地下鉄駅まで行き、地上に出ればよい。そこに巨大な東京タワーがそびえ立っている!誰でもわかる!…はず。

私は池袋駅まで歩いて、そこから地下鉄を乗り継ぎ東京タワーに一番近い駅と観光案内に記載されている駅で降りた。何駅だったかは覚えていない。なんとなく「芝公園駅」だったような気もする。

あれから路線もたくさんでき駅もたくさんでき、そもそも今でも都内の地理に不案内だから、そこの駅で降りたのかの確信はない。だが「芝公園駅」なら東京タワーに近い駅であるし、きっとそこで降りたのだろう。。

私は地下鉄から地上に出た。
もう一度言う。広島から上京したての田舎者のである。都内の地理は、皆目わからない。

気は弱くはないし人見知りもないが、やはり田舎者の自分が都心にいるというプレッシャーはすごかった。地上に出たとたん、なにやら周囲の建物群に圧倒された。
そのうえ、その建物群のせいで、見えるはずの東京タワーが見えないのである。

「まさかな…。あんなデカイものが見えないわけないだろう。建物の陰に隠れているのは間違いない」

私は、観光マップも見ることなく歩き始めた。そこらへんの角を曲がって景色が変われば、そこに333mもある東京タワーは見えるはず!という確信があった。
確信というより、自分が地面に立っているというくらい当然の話である。

ところが、4つ5つの角を曲がっても、東京タワーが見えないのだ。
私は、あせった。
「なんで?」
(念のために行っておくが、私が東京タワー近くの駅で降りたのは確かなのです)

普通であれば、
「東京タワーはどっち方向ですか?」
と道行く人に訊けばよい。それだけだ。
しかし私は、訊けなかった。

まず東京タワーに行くということが『田舎者っぽい』気がして恥ずかしかった。
次に、すぐそこにあるはずの東京タワーのことを訊くことが恥ずかしかった。
「え、すぐそこじゃん。見えないの?」
みたいに思われそうで。

とはいえ、訊けなかった一番の理由は、
「多少道に迷っても、あの東京タワーは見つけられる!」
という自信だった。
まあ当然だ。もいちど言うが、探す相手は巨大建造物なのだ。

ところが、私は東京タワーを見つけられず、数時間歩いて新宿駅に着いた。

そんなことがあるだろうか?
都内と都内近郊に住んで、仕事もして、数十年。
今でも、その時のとこが自分でも信じられないが、事実だから仕方がない。
あなたも信じられないだろうし信じてくれなくてよい。
だが、それは事実なのだ。

私は夢遊病のように総武線沿線を不可解な思いで歩いていたことを、いまでも思い出す。
「あ、ここが四谷かあ」
と初めてみる駅舎のことも覚えている。

私はキツネにたぶらかされたような気持で山手線に乗り、新宿から池袋まで戻り、池袋から下宿まで歩いた。
何のための一日だったのか、さっぱりわからなかった。

その後も私は都内や東京近郊に住み、首都高速を車で走るときは何度も何度も東京タワーを見た。
しかし東京タワーに行ったことはなかった。近くに行ったこともなかった。とくに行こうとも思わなかった。

そして数十年後。
メールが来て、仕事に関係する展示会の場所として示されたところが、偶然にも東京タワーのすぐ横の施設だったのである。
そういう事情で、『私は偶然、東京タワーに行った』のであった。

冬季でもあったので日没が早く、仕事が終わっ手外に出ると街は暗くなっていた。
私はライトアップされた東京タワーの写真を真下から何枚か撮影した。
パシャ、パシャ、パシャ!

その場にいた人々は、私がどれくらい感慨深い気持ちでいるかなど、さっぱりわからなかったろう。
私は、何十年もかかって?、やっと東京タワーを訪問できたのである。

その話は妻に飽きるほどしていたので、妻は私の東京タワー対する奇妙な思い入れのことを知っている。

家に帰って私は顔を輝かせて、妻に言った。
「今日ついに、東京タワーに行ったぞ!」
と。

「そうなの…、よかったじゃん」
と妻はそう言ってくれたが、その目はテレビから離れなかった。

(このお題、完)

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2019年01月14日