ロサンゼンルスの迷子 [2]

ロサンゼンルスの迷子(2)

バスを降りて、私は買っておいたロス市内の地図を広げた。そして周囲の標識などの地名を見る。
地図と標識の名称を見比べて、一致するものを探す。

ところが、なんと一致する地名が地図上にない。あるのかもしれないが、どうやっても見つからない。

「さっきバスの中から、ドジャーズスタジアムと書いた標識を見たような気がしたが…」
と思ったりするが、スタジアムのすぐ横を通過したのか、数キロ離れたところを走っていたのかは不明である。そもそもバスの進行方向がどちらからどちらに向かっていたのかも見当さえつかない。

見ている地図が、自分のいる地区と無関係なのかもしれない。
ようするに、辺りは日常風景だが、私の頭の中は五里霧中であった。

ここは、どこ?

バスを降りたときに、私は自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなっていた。
リトル・トーキョーどころではない。

しかし私は能天気であった。
そのとき飛行機の時間までは、まだ5時間以上あった。時刻は4時くらいで日も高い。
せっかくなので、自分がどこにいるかわからないにせよ、まずは散策を楽しむことにした。

そのうち居場所もわかるだろうし、いざとなれば大通りをいくらでも走っているタクシーを呼び止めて、
「エアポート!」と言えばいいだけなのだ。(たぶん…)

「黙って姿を消したから、みんな心配しているだろうなあ。でもまあいいや」
と私は気にもしなかった。気にはしたが、携帯もない時代なので、どうすることもできないのだし、である。

私はストリートにある店でジュースを買ったりスナックを買ったりして、歩きながらパクパク食べた。そして、パシャパシャと写真を撮った。カメラはコンパクトタイプのものを首から下げていた。

少々気になっていたのは、ときどき交差点に警官やパトカーがいることだった。
特に事件が発生して警戒しているようでもなく、街は日常的なのんびりした様子だったので、私はそれについては気にはしなかった。

アメリカだからな…。
とか、思っただけであった。

とはいえ、私が歩き回っているのは、見知らぬ外国の街の下町である。
私は6車線ある大通りに面した歩道を歩き、横道には決して入らなかった。表通りには人も多く、歩きにくいくらいだった。
大通りには車も多く渋滞気味で、路線バスもタクシーも次々に現れる。走っている車や歩いている人間の密度は銀座なんかと変わらない感じだった。

ところがである。
数時間ブラブラと歩いていて、ふと気づくと思っていたより急に日が暮れ始めたのである。
おそらく時刻と日没の関係が日本にいたときと違っているのだった。
そして日が傾いてくると、嘘のように人も車も少なくなってなってしまった。
どうやら、先ほどまでが早めの帰宅クラッシュだったようだ。

私はそのときも、まだ自分がどこにいるのかはわかっていなかった。
確実なのはロサンゼルスのダウンタウンのどこかにいる、ことだけである。

「あれ、日が沈んでる?」
と思ったときには、バスもタクシーも一般車も、大通りから消えてしまっていた。魔術のようだった。

そして、どうやら私が数時間、あてもなく歩き回っているうちに、ヤバい地区に来たようであった。

問題は、あてにしていたタクシーが見事に一台も走っていないことだった。
いや、一般車さえチラホラになっているのだ。
私は大きな交差点でしばらく立って待ってみたが、タクシーが通る気配さえなくなっていた。

「これは、マズイのじゃないか…」

そりゃ、まずいだろう。自分がどこにいるかもわからず、誰にも行く先を告げておらず、あたりに公共の乗り物がない。
その上、周囲はだんだんと暗くなってくる。

ふと気づくと、まわりは全部スペイン語である。
建物もなにやら古びた界隈になっていた。

そのうえ、酒に酔っているのか麻薬でラリッているのか、ふらふらと目が虚ろな人間があちこにいたりするようになった。
横道や裏道ではなく、片側3車線はある大通りの歩道でのことなのである。

時計を見ると6時くらいであった。街の様子が面白くて、2時間くらいぶらぶらしていたようである。しかし今や、何も面白くない…し、なんか怖いぞ!

飛行機はたぶん9時ころ離陸である。搭乗券は社長が持っている。遅くとも8時過ぎには空港に着かねばならないだろう。2時間しかない。
ダウンタウンから空港までは40~50分くらいだろうか。高速道路だともっと早くいけるのか?

いやいや、それよりも、空港まで何に乗るのだ?

少し歩いて移動してみても、表通りなのにバスもタクシーも通らない。
先ほどまでところどころにいたパトカーでもいれば、お願いしてタクシーのいるところまで連れて行ってもらおう、と思うが、そのパトカーも一台もいない。

道路は深夜0時みたいな閑散さだった。

店はあちこちにある。でも妖しげだ。
街の雰囲気が北米ではなく、(行ったことはないけど)南米の香りである。
どうにも、そういう店に入って何か訊く気になれない。
そもそも英語が通じるのか?

「おおいに、まずいぞ!」
私はかなり切羽詰まった気持ちになり、半ば途方にくれた。
ともかく、帰りの飛行機まで、残された時間も少ない。

「治安の悪い地区に迷い込み、襲われた日本人観光客!」
というような、ありきたりだがそれが自分なら怖い!という新聞記事が頭に浮かんだ。

私は大丈夫なのか?日本に無事、帰れるのか?

(つづく)

<--前 Home 一覧 次-->


2019年01月19日