北海道の牧場・子牛の出産 [4]

北海道の牧場・子牛の出産(4)

私がいた1ケ月の間に、2頭の仔牛が誕生した。
すべて人工授精である。

1頭は、朝、牧場で出産しているのを見つけた。
もう1頭は…。
それを書きたくて、私はこの話を書き進めているのでだ。

ある日の午後、牛舎に入ると、その母牛は1頭だけガランとした牛舎の中にいた。
ほかの牛たちは、牧場のどこかでのどかに草を食んでるはずだ。

その牛は、妊娠していた。
そして出産予定日を大幅に超過しており、母子とも危険な状態に近づいているのだった。

獣医さんによると、出産予定日をすぎても産気づくようすもなく、思っていたより胎内の子牛が急成長してしまっている、とのことだった。
もはや薬で産気づかせても子牛が大きくなりすぎているため産道につかえてしまう、というマズイ状況になっているようだった。

分娩できなければ仔牛は体内で死に、当然のことながら母牛も死んでいまうのだということだった。

「えっ?おおごとだぞ」
と、私は青くなった。

その母牛より身体が大きな牛は何頭もいたので、牧場初心者の私は気づかなかったが、そう言われて見てみると、たしかにその牛の腹部は大きく膨れているようだ。
そのうえ、そのように母牛の状態を説明されると、知識も経験もない私にも、その母牛がかなり苦しそうにしてるようにも思えてきた。

これは、思ったより大変な事態らしかった。

午後から獣医さんは、出産の準備に取り掛かった。
医者らしい用具や薬剤の入れ物以外に、丈夫なロープとかなり大きな輪の長さが数メートルはある銀色の鎖が用意された。

ロープ? 鎖?

午後お牛舎内にいるのは、この妊娠した牛だけである。
ご主人と獣医さん、そして私が彼女を取り囲むようにして、なにやら物々しい雰囲気であり、牛もそれを感じ取っているようだった。

まず、獣医さんは要した数メートルの鎖の端を手で掴んだまま、その両腕を母牛の膣から胎内に突っ込んだ。
そして手探りで胎内の子牛の前足を探り当て、その足首に鎖を結びつけた。
(そのときは獣医さんが何をしているのかわからなかったが、あとの状況でそれを理解した)

次に、獣医さんは鎖の外に出ている部分に長いロープをしっかり結びつけた。
そしてそのロープを長く伸ばして、その一方を後方の柱にぐるぐるとしっかり巻き結びつけた
。医療行為というより屋内工事みたいだった。

さて、そのときの状況を整理しておこう。

(1)母牛は出産日をかなり過ぎて大きく成長しすぎた子牛を胎内に入れたまま、苦しそうではあるが4本の足でしっかりと立っている。

(2)ホルスタインは体重が5~600キロあり、胎内の子牛は4~50キロある。出産は立ったまま行われる。

(3)その胎内の子牛の前足には鎖がくくりつけられており、その鎖は膣から外に数十cmほど出ている。鎖は母牛の膣から出ていて、鎖には丈夫なロープが結ばれて、そのロープはピンと張った状態で後方の柱にしっかりと括り付けられている。張られたロープは、地上から120cmくらいの高さに位置している。

(4)ご主人と獣医さんと私という男3人が、そのロープを両手で掴んで準備完了となっている。

そのような状況である。
見た目は、ちょっとした綱引きである。
そして、実際もそうだったのである。

「よぉし、引け~!」
というご主人の声を合図に、3人の男が全力でロープを引っ張りはじめる。
私は目の前で行われていることが初体験でもあり、出産分娩という概念とはほど遠いものなので、とても戸惑っていた。

とにもかくにも、力づくで、母牛の胎内にいる仔牛を、引っ張り出そうとしているわけである。

私はなにやら自分がやっていることが恐ろしくもあり、まごまごしていた。
するとご主人が、
「本気で引っ張れ!出さないと親も仔も死ぬんだぞ!」
と私を強く叱咤した。
「は、はい!」

3人の男は顔を真っ赤にして、全力でロープを引く。しかし全くロープはまったく動かない。仔牛は母牛の体内から、まったく出てこない。

「いったい俺は何を引っ張っているのか!」
と、おかしな感覚になる。

(つづく)

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2018年07月09日