茗荷(みょうが) (妻の実家では、こんな私でさえ気を使い…)
茗荷(みょうが) |
茗荷(みょうが)の話の前に、まず私の食事に関する癖について書かねばならない。別に誰も、そんなこと知りたくもないだろうが、この話には必要なことなので…。 私は、 『好きなものは残しておいて、最後に食べる』 『嫌いなものは、何が何でも先に食べておく(だから嫌いだから食べ残すということは、ほぼない)』 というタイプの人間である。 妻は全く逆(好きなものだけ先に食べ、嫌いなものは手も付けない!)なので、食生活ではいろいろ問題が生じるが、ここではそのことは置いておく。 さて、はじめて妻の実家(福島の農家)に行った時のことだ。 実家での正真正銘最初の食事であった昼飯のとき、汁物が出た。【茗荷の卵とじ澄まし汁】だった。2つの茗荷が、丸ごと入っていた。 私は生まれて初めて、家庭の食膳で茗荷を見た。 私の母は自分が嫌いなものは一切食卓に出さなかったから、母の嫌いな食べ物は私が大人になって社会に出るまで、テレビなどで見たことはあっても、食べ物として見ることがなかったのだ。 だから正確に書けば、その吸い物の中に入っているのが茗荷というものだと私にはわからなかった。 食べてみて、 「うぅ、これは?」 と、その味に不審を抱いたので、 「これはなに?」 と、隣の妻にこっそり聞いて、それが茗荷というものだと知った。 これが、ミョウガか…。 そう、クセがある。 それも私には合わないほうのクセだった。茗荷に罪はない。私の好みだけのことである。 私は、前述したように、『嫌いなものは先に食べる(嫌いなものでも残さない)』人だから、頑張って、2つの茗荷を飲み込んだ。 そして、他のおかずで茗荷独特の風味を消す作業に没頭した。 茗荷の味が口の中にあると、どうにも食が進まないのだ。 妻は嫌いなものは食べないわけだし、妻も茗荷は嫌いだから手さえ付けない。 その妻の分の椀は私の前に、すっと移動されていた。 「え?」 と思ったが、初めての妻の実家での食事である。 「これは嫌いで、食べません」 ということはできない。 私でさえ、こういうときは気を遣うのだ。 妻は私が茗荷を初めて見たらしいことはわかっただろうが、私はもともと好き嫌いがさほどない人間なので、私が初めて食べた茗荷の味を強く拒絶していることには気づいていなかった。 それに妻は私と逆で、『好きなものだけを先に食べる』人間だから、私がバグバグ茗荷を食べるのをを見て、 「この人、茗荷好き?」 と、勘違いしているらしかった。 義母がせっかく作ってくれたのだから、ということで、目の前にスライドされた妻のぶんの茗荷汁もさっさと食べた。 やはり、まずい。 たくさん食べると、もう他のおかずで胡麻化すこともできない。 茗荷は私がそれまで経験したことがない、どうにも好きになれない独特の味だった。 私は必死で食べているのだが、初めての妻の実家での食事なので、顔は愛想笑いで満開である。おそらく、おいしく食べているように見えただろう。 そして更に怖ろしいことだが、この家(妻の実家)の人は、妻と同じで、全員が『好きなものを先に食べる』人たちだったのだ。 「ありゃ、もう食べたの。じゃあすぐお代わりを(福島弁の再現ができないけど福島弁)」 そう嬉しそうに義母は言い、茗荷汁のお代わりを持ってきてくれた。 「そんなに茗荷をバクバク食べる人はいないぞぅ。よっぽど好きなんだな」 と、嬉しそうに…。 見ると、あふれんばかりの大盛りの茗荷が椀の中に! う~む…丸ごと8個は入っていそうだ。 こうなればしかたない。 私はニコリと笑って、その椀を受け取った。 ただし、食べきってしまうと、またお代わりが出、そうなると私は死んでしまうだろうから、私にとって『茗荷は嫌いなものだから、先に食べるべきもの】ではあったが、すぐ手を付けず、食事の最後に何とか(必死で)全部食べた。 最後に大量の茗荷を食べたので、昼食は茗荷だけを食べたような食後感になっていた。 言っておくが、茗荷を食べれないわけではない。食べれる。 好きな味じゃないだけだ。 いや…。 いい子ぶるのは、やめよう。はっきり言おう。 「私は、ミョウガは、大キライだぁ~!」 そんな私だが、その後も毎年、茗荷汁を飲み続けていた。 大量な茗荷を食べる人間は茗荷好きに決まっており、私のために義母は、選りすぐりの大きな立派な茗荷を毎年収穫してくれたのである。 私が意を決して義母に、 「じつは茗荷は嫌いです」 と打ち明けたのは、結婚して20数年後であった。 それまで、ずっと茗荷汁を(おかわりしなくていいように、ゆっくり1椀だけだが)食べ続けていた。 「嫌い?はいや~!」 と、義母は本当にのけぞった。 それはそうだろう。20数年、私の好物と信じていたのだから。 その帰りの高速道路での運転中、私は、 「ついに言ったぞ!」 と、自分をほめていた。 「 四半世紀かかって、ついにオレは茗荷から解放されたんだ!」 助手席の妻は、 「バカじゃない。気を使わないで、早く言えばよかったのに。私にまで口止めして食べ続けるなんて」 と、冷たかった。 義母(おかあ)さん、茗荷が嫌いで、ごめんなさい (このお題、完) |
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