白い猫 [3]
白い猫(3) |
私は、こっそりと、その子猫をアパートの部屋で保護した。 ありがたいことに、この白い仔猫はほとんど鳴かなかった。 「どうかしてるんじゃないか」 と心配になるほど鳴かなかった。 お腹が減っていても寂しくても、聞き取れないくらいの小さな声で、「みゃ」と短く言うだけだった。 だから、近隣に鳴き声で悟られる恐れは少なかった。 だが、当然のことに様々な問題があった。 私は学校やアルバイトに行かねばならない。友人のところで酒盛りをして、そのまま泊まることもある。 が、猫を部屋に閉じ込めておくわけにはいかない。 今ではペット用品も良いものが多くあり、マンションの部屋で仔猫のときに連れてこられてから一生一歩も外に出ずに、それなりに楽しく幸福に暮らす猫もいるらしいが、今もその当時も私の感覚ではそういう【監禁】は考えられなかった。 猫は勝手気ままに好きなように行動して生きなければ猫ではない。 か弱い仔猫のうちは室内で保護できるからいいだろうが、猫がその後も部屋にずっといるなんて…である。 この仔猫が青年になったとき、猫の夜の集会とかに出なくていいのか、とかも心配だ。 とはいうものの、私はその解決困難な問題を棚上げして、しばらくは部屋の中で仔猫を生活させることにした。 とりあえずこの弱っている仔猫が元気になることを考えなければならない。 学校やバイトで夜まで帰れないときは、十分な水と腐りにくい食べ物を多めに置いておいた。また、子猫が成長するまで、外泊はしないことにした。 外泊しないというのは、猫の世話をするためでもあるけれど、猫が見つからないように監視するということでもある。 鳴かないおとなしい猫だったので、なんとか外部に露見することなく数ヶ月が経過した。 仔猫は立派に成長していった。 まだ遊びたい盛りの仔猫の感じがあっても、体の大きさや態度が、青年に近づいていた。 あ、言い忘れていたが、メス猫である。 きれいな真っ白な毛並みは、栄養も足りてか、ますますゴージャスになり、眼はだんだん青みが濃くなっていた。 そろそろ【シロ】を出歩かせねばなるまい…。 (私は仔猫を【シロ】と名づけていた) 私の部屋はアパートの入り口から階段を上がったすぐ右側だった。 1階も2階も、4部屋であった。 階段を上がった右側の壁の中のスペースに、共用の3段の靴収納棚が作ってあった。 つまり、その靴収納棚は、私の部屋の中から見れば、私の押入れの中にあった。 私の部屋の押入れスペースを使って、外側に靴置き棚が設けられているわけで、そのぶん私の部屋の押し入れは、狭くなっているわけである。 「やはり、ここしかないなぁ」 ややムチャなことではあったが、私は靴収納棚の奥に猫の出入り口を作ることにした。 築50年近くの古い壊れそうな木造アパートであるが、私は勝手に建造物の一部に穴を開けようとしてる。 おそらく、いや間違いなく犯罪である。器物損壊とか? 靴の棚は、靴がはみ出さないように、40センチ以上奥行きがあった。 (その奥行きのぶんだけ、私の押入れの中を区切って占拠している) 靴棚の奥の板は私の部屋の押入れの中にある。 ということは、そこに穴を開ければ、猫はその穴から押入れ(靴棚)を通って自由に行き来できるのである。 名案である。犯罪だが…。 階段には窓などなく照明も裸電球だけであり、昼でもそこは薄暗い。靴棚の奥はほぼ真っ暗と言ってよい。 また、慣習的に、私が靴を置く棚の位置は決まっていたので、その段の奥に穴をあけ、そこを私の靴でなんとなく隠せば、奥の穴は見えないだろう。 私は靴棚の構造を十分に確認し、もっとも視界に入りにくい位置に猫が通れるギリギリの大きさの穴を開けた。薄いベニヤ板が張ってあるだけなので、大きなカッターでも簡単に切り取れた。 穴を開けてしまっとき、私は犯罪に手を染めたことをやや後悔したが、もう開けてしまったのだから、覚悟を決めた。 私の思考は、『猫ファースト』となっていたのだ。 開けた穴がわからないように、ちょうど同じ大きさの光を通さない分厚い布を切って、その上部だけを押入れ側から貼り付けておいた。 靴棚の奥に穴があるなどと考えて探さない限り、誰かがそれに気が付くことはなさそうだった。 住人がいないときに【シロ】に、押入れ側と靴棚側からその出入り口を教え、【シロ】の身体を押して何度か出入りさせてみた。 【シロ】は、それが通路であることを、すぐに理解した。 これが自由への扉だと。 (つづく) |
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