三沢(光春)が死んだ? (プロレスがやらせじゃない!と身をもって示したら…)

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三沢(光春)が死んだ?

2019年3月。
三沢がつくった【プロレスリング・ノア】のマットの色やロゴのデザインが変わった。

「そうだよなぁ。新日本以外はインディーズ団体になっちゃった。ノアの大再生を期待しなくちゃなぁ」
私はそう思いながらも、何度か観戦に行ったディファ有明の緑のマットを思い出していた。

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あの日(2009年6月13日)の翌日、妻がバタバタと二階に上がってきて、眠っていた私を起こした。
「あの人が、クリスマスに試合を観に行ったときの、あの人が死んだよ!ニュースでやってた」

私は仕事で明け方までプログラムを書いていたから、昼も近い時刻だったが猛烈に眠かった。
妻が何を言っているのか、しばらく理解できなかった。
「あの人って?」

妻はプロレスに興味も知識も、まったくない。数回、私とプロレス会場に行ったことがあるだけである。
半年前のディファ有明でのノアのクリスマス興行を妻と観戦したので、妻はそのときのことを思い出しているらしかった。

「み、さ、わって人!」
妻は、半ば叫んでいた。
私が三沢を大好きだと知っていたからである。

「みさわ」といえば、三沢光晴しかいない。
私は体を起こして布団の上に胡坐をかき、頭を振って目を覚まそうとした。

死んだ?事故?

三沢はいわゆる【四天王プロレス】の中心にいたので、私は試合を見るたびいつも、
「彼はそのうち試合中に死ぬだろう」
と不安に思ったりしていたが、まさか試合で亡くなるとは考えもせず、そのときは本当に死んだとしたら交通事故かなにかだと思った。

「試合中に亡くなったって」
と、妻は言う。
その試合は、広島で行われていた。私の故郷である。

「試合で?」
試合で実際に三沢が死ぬなど、そんなことがあるだろうか?

「ああいう危険な試合をしていたら死ぬかもしれない」
と感じながらも、
「死なない。(命にかかわるほどの怪我もしない)」
と信じているから、我々は試合を観ることができるのだ。

三沢の【四天王プロレス】のことや、死の間接的(ある意味では直接的)原因である三沢の首の状態については、いろいろなところに情報があるだろうから、ここでは触れない。

プロレスにおいても、他の格闘技においても、そのような【事故】は少なからずある。
ただ、その競技ジャンルを守ろうとし、結果的にそのために命を落とした人間はそういないのではないだろうか。
そのことを一般世間に対して説明するには、そうとうな数量の言葉が必要になる。

いや、相手がプロレスに関心がある者であっても、相手によっては難しい。
私にその種の説明能力はないし、専門家でもない。
より詳しい人が、三沢の死について書いたものが多くあるはずである。

肯定も否定も含めてだが。 私は、あのときからプロレスを楽しめなくなった。
大好きな三沢が守ろうとしたプロレスなのに、だ。

WWEも、当然ながら鍛えあげ技も磨き、ちゃんと体を張るところは張っていると思うが、エンタメ感はぬぐえない。
(悪いとかは思わない。あれはあれだし、NXTなどできて格闘感は意識している)

「エンタメじゃないぞ!」
と世間に押し出してしまったプロレスの一つの道は、結局【ああいうふう(三沢の死)】になるしかないのだろうか?

そう思いながら、今は細々とプロレスのファンを続けている。

(このお題、完)

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2018年12月06日