三沢光春への献花式 [2]

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三沢光春への献花式(2)

「このお花の用途はなんでしょうか?」
と定員さんが訊いた。
どのような包装にするかとか、カードをつけるとかのサービスのためらしかった。

「用途?う~ん、追悼というか、献花式があって、なんというのかなぁ…」
と私がどう説明していいやらウニウニしていると、
「あ、三沢さんですか?」
とその若い女性店員さんが言ったのである。

私はびっくりした。
「え?そうです!三沢選手を知ってるんですか?」
「いいえ、知りません。何かの選手なんですか?」
「じゃなぜ、三沢さんって?」
「今朝から、もう3組も、そうおっしゃって花束を買われてるものですから、そうなのかなと」

3組?私で4組目?
私は、ほんとうに驚いた。

それはそうだろう。
JRローカル線駅の小さな街の、周囲に花屋さんが4~5店もある中の1つの店での会話なのである。

三沢選手が偉大といってもプロレスという狭いジャンルのことであり、プロレスには多くの団体と選手が存在する。
団体を超えて三沢ファンは多いと思うが、やはり他団体ファンで献花式まで来るような人数は限られるはずである。

そのうえ三沢ファン全員が追悼献花式に行くわけでもない。
なのに、私がその一軒の店で、その日4組目の三沢献花式の花束を求めた客なのである。

そういうことかぁ。
私はそのとき、プロレスと三沢選手の底力を実感したのだった。

さて献花式である。
私と妻は2時間以上並んで、少しずつ列が前に進むのを辛抱強く待った。
やっと会場に入ったときは夕暮れが迫っていた。

場内にはリングが設営され、その向こうの正面の壁に大きな三沢選手の写真があった。
胸が痛くもあり熱くもなった。
彼がもうこの世にいないなんで信じられないではないか!

花は献花台だけでなくリングの中にも、こぼれんばかりに積みあがっていた。
私と妻も厳かに献花し、横一列に並んでいるノアの選手役員に深く礼をした。
待って並んでいる時間は長かったが、三沢選手にお別れをする時間は数分であった。

たまたま、その日は以前から塩谷哲(しおのやさとる SOLT)さんのライブがあり、私たちは招待されていて楽しみにしていた。

そのライブのスケジュールが三沢選手献花式を知る前から決まっていたこともあって、私たちはかなり早めに家を出たし、ディファでの献花をしたあとで軽く食事をするつもりだった。

ところが、あまりに追悼者が多かったせいで献花を終えた時刻が遅くなっていたので、私たちは滅多に乗らないタクシーで、ライブ会場に駆けつけることになり、開演時刻に少し遅刻してしまった。

私は塩谷さんの素晴らしいピアノ演奏を聴きながら、
「これは三沢選手を追悼してくれているのだ」
と思い少し涙が出た。

三沢選手を惜しむ気持を包むように、塩谷哲さんのピアノが私の心に響いていた。

(このお題、完)

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2018年12月07日