対談<003-3>イエスは神を信じれない?<テッド・ニーリーの絶唱> その3


ゲスト グノーシス・佐藤・シンチャイ
略歴 イタリア系オランダ系日本人。北海道厚岸で生まれ、仏教タイで育ったブッディスト。米国留学中に、ブロードウエイで、ロックオペラ『ジーザス・クライスト・スーパースター』を観たことからキリスト教と仏教の二股信仰となる。1966年からタイの大学で教鞭をとる。1970年にタイ人の妻との結婚を機に、妻の「雪が降る所に住みたい」という希望で日本に帰国。現在、日本仏法キリスト大学学長。著書多数。74歳。

イエスは神を信じれない?<テッド・ニーリーの絶唱> その3

  れ=れたす、G=ゲスト
さて、イエスの生涯ですが、神の意志で、神が神の子(子である神)であるイエスを、どうしようもなく救いがたい人間世界に遣わすされたわけですよね。
そのうえ、イエスが愚かな人間に殺されるように、神自身が計画を立ててお膳だてをして、
「さあ、殺されるのです」
みたいな…。
G 地上では、イエスは大工の倅であり、もしかして(本人にその気はないが)ユダヤの王になる者であり、当然ですが【神の子(あるいは、子である神)】ではなく、普通の人間として生きています。
ただの人…。
G そう…ただの人。
そういう 普通の【ただの人】であれば、権力者(ローマ総督ピトラや一部のパリサイ人)が自分の都合で言うことをきかないヤツを罰するというのは、消防士が火事を消すのと同じで当然のことでしょう。
で、あとからイエスを迫害した愚かな人間たちには、
「実はオレ、神の使いで、神の子で、君たちに殺されるために来たんだよ」
ということをイエスから(つまり神から)知らされます。
なにかフェアじゃないような気がします。
G フェアじゃないですね。(笑)
でも、フェアである必要はありません。神と人間では、立場が違います。
主と従、創造主と創造物、全能万能と不完全愚者。
もとより、フェアという概念など成り立ちません。
ん~、なんか、そう言ってしまうと、人間は不憫ですねぇ。
G 不憫すぎます。
それなのに、「Hey J.C.」と、歌っちゃう。
不憫な存在として創造されてしまったことへの、一種の反抗心ですか。(笑)
G 反抗なのか、駄々をこねているのか。
それを見て、神が苦笑いされるだけなのか、激怒されるのか。
旧約聖書の神なら激怒しそうですね。
旧約の神は、ほんとうにコワイですものね。
G こわいです。
  (つづく)

 


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2018年12月03日