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任天堂バレーボールの取説

原作の『MSXバレーボール(アタックフォー)』

からのゲーム性の進化を考える

この項は、
(A)-③ 
『私とパックスソフトニカの親密な協力関係』
の証明
MSXで基本的なゲーム構造はできていましたが、
ファミコンは素敵なゲーム機でしたので、
ファミコンのスペックに合わせた変更は必要でした。

そして、その工夫が、より良いゲーム性として
結実していきました。、
ファミコン移植版の
マニュアル探索
取説は、もちろん原作者で移植ディレクターの私が全面監修しました。
私のゲームですから。
私はこのゲームを持っていませんので、この取説を見るのは久しぶりです。
懐かしい…。

■コントローラー各部の名商と操作説明■
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
※草稿準備中。

【ゲームの遊び方】
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
 
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
この対戦チームの選考基準は?
1984〜5年あたりのランキングから決めたと思う。
当時、中国は圧倒的に強かったし、アメリカは新興勢力でファミコン市場として大きい。ソ連は古豪だからいないと寂しい。
チュニジアを入れたのは、アフリカ大陸のチームが欲しかったからだと思う。
..........
バレーボールを部活で熱中し、テレビ視聴はもとより、あちこち国際試合を観戦しに行ったり、ずっと大好きだったから、私はゲーム開発者となり、バレーボールゲームを作った。

そういえば、私の妻は、パックスエレクトロニカ、パックスソフトニカの社員で、男子バレーボールのプチ追っかけをしていた時期もあるという、バレーボール大好き夫婦なのだ。
......
私の原作ゲーム【MSXアタックフォー】のファミコン版移植作業時に、パックスソフトニカにも任天堂さんにも、バレーボールに詳しい人はいなかったから、こういうあたりは、創作者である私が中心になって、任天堂さんと相談して決めた。


任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
任天堂バレーボールの原作権利者・ファミコン移植ディレクター、本谷浩明
 
草稿準備中。





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2025年10月20日