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1988年の『小切手事件』
正しくとも騒げば、大問題になる。
任天堂バレーボールは消える。
私(本谷)は、パックスソフトニカを去り
師匠の田村氏とチームを組んで
ゲーム開発を始めた。
しかし、心の底では、創作意欲は失なわれていた。 |
この項は、 その他
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<準備中>
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1988年 【貝獣物語】
<スーパーファミコン>
(販売)ナムコ、(企画)バースデー |
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1991年 【じゅうべえクエスト】
<スーパーファミコン>
(販売)ナムコ、(企画)バースデー |
| ※準備中 |
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1991年 【ダルマンバスターズ】
<ゲームボーイ>
(販売)ナムコ、(企画)バースデー |
| ※準備中 |
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1993年 【ダブル役満】
<ゲームボーイ>
(販売)(企画)VAP |
二人打ち麻雀です。
よく売れました。
任天堂さんの『役満』(GB)には、売上で負けましたが、それは『ブランド力』からして、仕方ないでしょう。
プログラマーの『田村幸雄』氏(イマージソフト⇒パックスソフトニカ社長。私<本谷>の師匠)の十八番が、麻雀ゲームだったので、麻雀ゲームそのものとして、素晴らしい出来だったのです。
田村氏は、どんなゲームプログラムでもできる人でしたが、ご自分の趣味の発展として、囲碁ソフトも開発されていました、 『第一回世界囲碁ソフト選手権(ソウル大学にて)2001年3月』に、田村氏のソフトが参加したとき、私もアシスタントとして付いて行きました。
ソウル大学の宿舎の広い部屋に、二人で泊まりました。
オンドルが暖かくて、3月の寒いソウルでしたが、パンツ一丁で寝てました。
今では、囲碁も将棋もチェスも、ITソフトにまったく対抗できませんが、2001年当時は、コンピュータソフトは、アマチュア有段者にさえ勝てなかった…勝てなかったというより、弱くて弱くて、トンデモナイ手を打っていたのです。
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1993年 【ダブル役満Ⅱ】
【ダブル役満Jr.】
<ゲームボーイ>
(販売)(企画)VAP |
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1994年 【スーパーダブル役満】
<スーパーファミコン>
(販売)(企画)VAP |
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1995年 【柏木重孝のトップウォーターバッシング】
<スーパーファミコン>
(販売)(企画)VAP |
| ※準備中 |
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1997年 【ビッグ・チャレンジ・ゴルフ】
<プレイステーション>
(販売)(企画)VAP |
| ※準備中 |
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本谷浩明(HONTANI hiroaki)
【注】他言語に翻訳されたとき、"MOTOYA" は間違いです。 |