パックスソフトニカでの 私(本谷)と立本氏と橋下氏の関係
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主力フリーランスであり、バレーボールゲームを創った功績で部長であった私(本谷)と、設立者の田村氏が離脱した後に、立本氏は、任天堂バレーボール関連の売上金と契約を管理することで、パックスソフトニカを掌握しました。
その立本氏によって担ぎ上げられて、橋下氏はぱっくっソフトニカ社内で偉くなったのです。
これは、立本氏が、パックスソフトニカ(の権利とお金)を立本氏の自由にするための戦略でした。
私は、立本氏から直に、何度もそれを聞いていました。
私が拒否したので、任天堂への窓口として、しかたなく『私の代わりに橋下氏を持ってきた』のです。
以下の立本氏の言葉を、私は何度聞いたことか…。
「だからな。本谷さん。もう本谷さんの権利は諦めろって。バレーボールゲームの契約書は、俺が(不正に)握ってるんだ。どうしようもないんだよ。おまえとオレで、パックスソフトニカを大きくしよう。金はやるから、俺(立本)の言うことを聞け。さもないと…」
私は立本さんの言いなりにならず、橋下氏が立本氏の軍門に下って不正に加担したのは、橋下氏が金銭的に困窮していたことと、橋下氏がトークイベントでも正直に話していたことですが…社内で孤立していたこともありますが、基本的には、人間として弱さだと当時から考えています。
橋下氏の言動を解く鍵は、『虚勢』なのです。
私はパックスソフトニカで、何年も橋下氏と過ごし、バレーボールゲームのファミコン移植を橋下氏と行っていますので、パックスソフトニカの苦境、橋下氏自身の苦境を直に観ていますし、愚痴も聞いていますし、橋下氏を救うために(もちろん私自身の成功のためにもですが)共に頑張り、共に成功の祝賀旅行に行きましたので、
おそらく、 私(本谷)が『誰よりも、虚勢を張っていない生の橋下氏のことを知っています』。
だから、私は当時、橋下氏の裏切りを追い詰めることができなかったのです。
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【私を脅迫したのは、立本氏】
橋下氏は、人付き合いがなく
開発に熱心で、何が起こっているか
わからなかったのかも…。
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言うまでもないことですが、私と橋下氏は友人であり、立本氏が現れて、お金を握って橋下氏を操るまでは、私と橋下氏は、普通にうまくいっていたのです。
私は、橋下氏と真逆で、いわゆる社交的なことが苦にならない人間なので、社内で、コミュニケーションが苦手な橋下氏と他の社員さんたちを繋ぐように努力していました。
また、立本氏は、全くゲームには関心がなく、知識もなく、ともかく、
「任天堂にくっついて、どうやってお金を引き出すか」
だけを考えており、そのために、『私を含めた…ゲームを作っている得体のしれない若者たち』をお金で釣って働かせることだけを考えていました。
私は、そういう立本氏のやり口が嫌いだったので、苦言をどんどん言いました。
立本氏は、そのような私が気に入らなくとも、私がバレーボールの創作者として任天堂さんに認められていたので、任天堂さんとのパイプを確立するまでは、私を懐柔しようとしました。
フリーランスながら、私にはそういう強い立場があったので、立本氏に楯突くことは平気でした。
ですから、ある程度、任天堂さんとのパイプができ、私(本谷)が、
「フリーランスの私との契約とお金の配分は、どうなっているんですか?」
と、強硬になると、橋下氏を金銭や不動産で引き込み、私を切ることにしたわけです。
そして、立本氏は流用したお金を私に返済する目途が立たず、強硬手段に出るしかなくなり、立本氏は私を脅迫するわけですが、橋下氏は、その脅迫のことは知らなかったかもしれません。
橋下氏は、トークイベントで何度も自分の性格として強調されていたように、
『コミュニケーションしなくてよい夜間に会社に来て、一人で開発していたい』
というところがある人なのです。 ですから、橋下氏の開発時の集中力は、驚くべきものがあります。
「これは、こうして」
ということさえ指示すれば、橋下氏のプログラムの力量で、何とかしてしまうのです。
そこは、頼もしい限りでした。
そういうわけで、 ファミコン版バレーボール移植開発時には、もちろん私のゲームであり、私がディレクターであり、パックスにも任天堂さんにもバレーボールがわかる人がいなかったこともあり、移植開発中の任天堂さんとのコミュニケーションは、私が主体でした。
橋下氏のトークで、もっとも自慢できそうな宮本氏とのやり取りが出てこないのは、それを私(本谷)がやっていたからなのです。
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任天堂版バレーボール成功祝賀旅行
での、
私(本谷)と橋下氏、渡辺氏、立本氏
 渡辺氏のお店には、立本氏が資金援助してました。 この旅行で、私(本谷)は、直に渡辺氏から、 「ありがとう」 と感謝されました。
私に支払うお金を私には渡さず、 立本氏が、その店の経営に 勝手に回していたのです。
まあ、ひどい話です。

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本谷浩明(HONTANI hiroaki)
【注】他言語に翻訳されたとき、"MOTOYA" は間違いです。 |