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■元ゲーム開発者 ■HITひろしま観光大使(2023年間賞)
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| <足湯> 「もし、オレがあのときパックスソフトニカと闘って、任天堂バレーボールの創作者として残ってたら、毎年、結婚記念日は、ハワイとか行けたかなぁ⋯(笑)」 と、私。 「正しく生きてきたんだから、いいのよ。きっと、いつか良いことあるでしょ」 「今さら? (笑)」 この滅多に話題にしない会話のとき、私と妻は、山梨のとある駅前の足湯に浸かっていた。 恒例の結婚記念日一泊温泉旅行の帰路であった。 この1年後、 『任天堂バレーボールの原作者さんですよね? 探してました』 と、ある人から、DMが来た。 それから、原作ゲーム『MSXアタックフォー』が復刻され、私が任天堂バレーボールの権利と名誉を奪われた顛末を書いた、 『バレーボールゲームをめぐる本当の物語』 を書くことができた。 妻の予言通りである。 ちょっと良いことがあった。 不思議な話でしょ? 何かの運命だと思ってます。 |
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| <バースデーさんとの作品> 『小切手事件』の精神的ダメージが蓄積し、ついにゲ-ム界を離れるときに、ゲーム関連のものは全部捨てたが⋯、 思えば、ゲーム開発資料、機器機材などいろいろあったから、保管してたら紹介できたのだけど⋯先日投稿した『VIDEO BOY』(バーチャルボーイのビデオ出力機器)のように⋯。 ということで、あの『小切手事件』で心をやられて全て捨てたわけだけど、なぜだか、これ(ダルマンバスターズ)はまだ持ってる。新品で、そのまま。 ゲームボーイ本体はないから、多分あっても、何十年前から遊んでいない。 貝獣物語、十兵衛クエストなど、3案件やらせていただいた、バースデーさんとの仕事は楽しかった。 皆さんの顔が思い浮かびます。 |
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| <めぐみのバスタオル>シーン 詳しいことは、『1986年のバレーボールゲーム』で詳しく語りますけど、私このXの投稿で、少々炎上しました。(~_~;) このことで、コラボイベントやラジオ出演が、キャンセルされたんです。 びっくりしました。 いろいろ、SNSの怖さ?も実感しました。 でも、これは、私が今後、きちんと説明すれば、理解されることだと思っています。 私が、デジタイズしたことは事実ですし。 とはいえ、イベントやラジオがキャンセルされたことで、ご迷惑をおかけした方々もおられるので、もちろん私は素直に反省しているところはあります。 詳しくは、連載で語りますね。 |
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| 【38年後の開発地『百合ヶ丘』探索】 |
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| <市川さんのYouTubeチャンネルにゲスト出演> 【任天堂バレーボールを原作者&移植ディレクターの私がYouTubeで語る】 当時(38年前)のことを第一当事者の私が、ライブで話しました。 そのアーカイブができました。 そのYouTubeは、ここ 大げさですが、この世にバレーボールゲームがあるのは、存在を消されていたけど、私が創ったからです。 それを知ってほしいし、ほめてほしい。(笑) 市川さん、ありがとうございました!。 連載『1986年のバレーボールゲーム』で、写真や図を用いて、詳しく解説しています。 『MSXアタックフォー』(任天堂バレーボールの原作)の紹介は、こちら |
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| <『ゲームクリエーター』宮本茂さんの著作> 私、フリーランスでしたが、パックスソフトニカで、『任天堂バレーボール』と『任天堂アイスホッケー』の開発で、宮本さんと仕事させていただきました。 ほんとうに、私の開発者人生の中の、宝物の時間でした。 |
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| <一ケ月で、1000回視聴超え> Micky Albert(市川幹人)さんのYouTubeにゲスト出演した動画が、1000回視聴されました。 この回数が多いとは思っていませんが、何しろ38年も前の古い話ですので、関心を持っていただいた皆さまには、感謝です。� 創作者の私にしか語れない内容です。 この動画、2時間以上あって、バレーボールゲーム以外の話も面白いのですが、バレーボールゲームを語ってる部分をテロップ付きの切り抜き動画にする予定です。 また、この動画で話していること、話していないことを含めて、新たに、『1986年のバレーボールゲーム』という文章を、そろそろWEBサイト(あるいは noteなど)に載せていきます。 よろしくお願いします。 |
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| <廃線~廃駅> 留萌駅舎も取り壊されるんですね。 2019年1月に、仕事で留萌に行った時に食べた『にしんそば』と、お店の写真を再投稿します。 私は、このころ『国交省の建設関係の研究事業』の末端のお手伝いをしていました。 具体的には、工事状況を撮影した映像をタイプラプスにし、それをデータベース化して、様々な条件で検索して再生するシステムを担当していました。 春、夏、冬と留萌を訪れました。 色々思い出はあるのですが、庶民的な知元の方が行かれるお寿司屋さんで接待を受けたのですが、知らない食材なども出てきて、ともかく新鮮で美味しくて、 「地元の人が食べてるものは、こういうものか!」 と、びっくりしました。 留萌へは、飛行機と鉄道で行きました。 留萌本線は、徐々に廃線になる計画でしたので、様々な季節に車窓の風景を見れたことは、良い思い出になりました。 『ファミコン版オホーツクに消ゆ』の情報交換で知り合った、北海道在住の『Teshima』さんとは、この留萌駅の話などもしました。 |
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| <バレーボールが風水?> このバレーボール、いつ買ったのかなぁ。かなり古いデザイン。 近所の子に、 「学校でバレーボール部に入ったから教えて」 と言われて、家の前でトスの基本を教えた時に使ったこともあるります。 さて、私が原作で移植ディレクターである『任天堂バレーボール』の”いけない”話。 もう解禁でいいでしょう。 『1986年のバレーボールゲーム』 私のサイトで公開中。 レアなゲーム史の話。どうぞ。 |
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| <PC-6001野球ゲームのこと> 私のデビュー作『PC-6001ベースボール』について書いてくださった、面白い記事を見つけました。 私の他の活動のことも(任天堂バレーボール、MSXアタックフォーについてなど)紹介してくださってます。 |
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| <男子バレーボール金メダル(1972年)> うーむむ。 すごいの見つけた。 1972年、ミュンヘンオリンピック。 私のバレーボールゲームの原点。 MSXアタックフォーの原点。 任天堂バレーボールの原点。 バレーボール部だった私は、念願の県大会出場を目指して、野外コートで擦り傷だらけで練習にはげんでいた。 テレビ中継を観て、泣きました。 私の熱いバレーボール愛については、こちらを。 |
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| <38年ぶりの百合ヶ丘へ> 11月1日に、『ファミコン版オホーツクに消ゆ』の開発地『小田急線百合ヶ丘駅近辺(神奈川県川崎市)』を、38年ぶりに訪問しました。 SNSで以前から知り合っていました『Teshima』さん( @teshimatakashi1 …北海道在住で、”オホーツクに消ゆ”の大ファン&研究者)が、百合ヶ丘を初探索されるということで、私が案内役として同行させていただき、やっとお会いすることができました。 また、『Teshima』さんのお友達の『なるお』さん( @syntaxerrors72… 百合ヶ丘の地理に詳しい方)が助っ人として来てくださいました。 私にとっては、ほぼ40年ぶりの百合ヶ丘でしたので、案内役のはずの私より街に詳しい『なるお』さんの存在は本当に助かりました。 小一時間、3人で、懐かしい場所をゆるゆると歩きながら見て廻りました。 『ファミコン版オホーツクに消ゆ』の開発時、私は徹夜続きで、床に寝転がって寝ていたのですが、パックスソフトニカの社員だった現在の妻が、床で寝ていた私を見て、「あ〜邪魔!」と半分キレながら掃除していたのを思い出しました。😅 そういう思い出のある開発室のあったビルも、なんと健在でした!! (その建物は現役で使われているので、ご迷惑にならないよう写真は載せません) 百合ヶ丘は、『ファミコン版オホーツクに消ゆ』の開発地であり、私にとっては、パックスソフトニカでPC-6001やMSXのゲームをいくつも委託販売し、私の原作ゲーム『MSXアタックフォー』から『任天堂バレーボール』への移植ディレクターをした特別な場所でもあります。 青春時代のゲーム開発者としての様々なことを思い出しました。 『Teshima』さん、『なるお』さん、楽しい時間をありがとうございました。 『オホーツクに消ゆ』百合ヶ丘探索は、『Teshima』さんや、『なるお』さんの、Xの投稿などもご参照ください。 |
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| <MERUN ME>発見! 秋川さん(秋川藤志@akikawa134)は、私が40年くらい前に作った、PC-6001(mkⅡ)のゲームを、雑誌のだ脳リストからの打ちこみで、何作かを復元してくださっている大恩人。 秋川氏のお陰で、私が開発者なのに持っていない自分のゲームが、いくつも動くところが動画で観れた。 また、そのため、『パックスソフトニカ小切手事件』で、精神に壊滅的打撃を受けた、私自身のゲーム開発者としてのアイデンティティも復活できた部分がある。 本当に、感謝しかない。 秋川さん、本当にありがとうございます。 その秋山さんが、2021年8月9日に、商品化されていない…すっかり忘れていたが、何かの縁で私自身が雑誌に投稿していた『ME RUN ME』というPC-6001のゲームも、売り込みで復活させてくださっていたのを、先日、たまたま発見!した。 「う~む…。こんなことがあるんだなぁ」 というのが、私の驚きの感想。 この『ME RUN ME』というゲームをすっかり忘れていたので、検索もしなかった、ということなのだ。 ふむむ…。 このキャラクター。 『穂高朱鷺』という開発者名。 雑誌に寄稿した、癖のある文章。 わ、た、し、だ! 40年も前(1983年?)に作ったけど、製品化されず、なぜか雑誌の投稿が残っていて、それが打ち込みで再現されるとはねぇ。 この歳になって、自分のゲームと文章に出会えるなんて…。 あの頃、寝ないでゲームを作っていたからなぁ。 よく作っておいてくれた! ありがと~! あのときの、オレ! なんかの番組の、『自分自身へのビデオレター』みたい。 ------------------------------------------ 以下は、私のXの文章。 ↓ こ、これは? 穂高朱鷺! 私!?😳😳 秋川さんは『それいけくるくる』などを打ち込みで復活していただいてる大恩人。Xでも感謝投稿したこともある。 ただ、この『ME RUN ME』は覚えていない。 今年、一時的にゲーム界に復帰し昔を振り返り色々書いたけど⋯。 確かに、私の作りそうなキャラクター⋯。 |
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| <リアルすぎるよ!> 広島県呉市の『ハンドワークス・リナイン renine』さんの、食品サンプル(food replica)【ミカン】のストラップが届きました! SNSで見て、一目惚れ。 すぐ注文しました。 私の大好きな、『瀬戸内の早生みかん』を、いつも手元に! さて、どのリュックに付けようか⋯。 キーホルダー? 考え中。 リュックにつける前に、食べちゃうかも。 |
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| 本の整理してて、懐かしいものを発見 |
| ふ~む。 萩尾望都氏の、『11人いる!』 この本が手元に残っていた…。 ん? 『百億の昼と千億の夜』①②も、あったぞ。 んんん? 倉多江美の『宇宙を作る男』も残ってる。 漫画本は、何百もあったが引っ越しのたびになくなってゆき…。 なぜ、この3冊? 私はゲームを作るようになる前、白泉社に漫画の原稿を持ち込んでいた。 ↑この私のアイコンである『れたす鳥』が主人公の、”いなげな”漫画を描いていた。 ある日、担当編集者が私に言った。 「これ面白いと思うから、ロボットにしましょう」 「ロボット?生命体ですよ、これ」 「いや、ロボットにしましょう」 その日の編集部は閑散としていた事を覚えている。 私は帰り道に神田川をのぞき込んで、 「ロボット?」 と、つぶやいた。 眼下の神田川には、赤白黒などの模様の巨大な鯉が群れを成して泳いでいた。 さて、どうするか? と、下宿に戻って考えてるときに、TVで、【PC-6001】パピコンのコマーシャルを見た。 「これが欲しい!!」 それで、れたす鳥をロボットにする前に、PC-6001で野球ゲームを作り、ゲーム開発者になった。 あのとき、PC-6001が発売されてなかったら、私の人生は違ったものになったかも。 ーーーーーー (追記) この2枚の絵(表紙と中表紙)を、SNSに投稿したのだが、threasで、(私の投稿としては)かなりの反応があった。 かなり前に活躍された漫画科さんではあるが、萩尾望都さんはレジェンド級なので、やはり良く知られている。 |
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| 夜の公園のオヤジ狩り?! |
![]() 先日、東京京橋のある集まりで、 「ところで、『赤ヘル1975』を読んだか?」 と、お世話になっている会社のK会長さんが、私に訊いた。 「赤ヘル…1975?」 なんとなく聞いたことがある…。 読んだか?というからには、本か漫画だろうし、赤ヘルというからには、広島東洋カープのことに違いない。 「読んでないです」 「それはいかんなぁ。おまえ、広島だろ」 「はぁ」 「読んだほうがいい」 という会話があり、私は帰宅後、ネット検索で見つけ、その本を購入した。 赤で象徴されるカープの本拠地、広島(広島市)に、ひとりの転校生がやって来る話で、原爆のこと、カープの初優勝のことなど、が書かれた小説らしい。 らしい…というのは、まだ読んでないからだ。 私は広島育ちながら、気がついたら熱烈巨人ファンだったという、広島においては、『とんでもない生き物』だった。 もちろん、私はG党であることを隠しもせず、公言していた。 (紆余曲折があり、今はカープを応援してる) 親友のFとは、バレーボール部、それからポプコン出場などのバンド活動、その後の東京での再会、と縁が深すぎる仲なのだが、この男は、なんと超狂烈なカープファンなんである。 Fとの『プロ野球における対立と協調の歴史』は、エッセイに少し書いてある。 そのFは、私と同様に、ずっと東京エリアに住んでいるが、奥さんと球場に行き、今でも『スクワット応援』をしているらしい。 膝は、大丈夫か? とか、書いているとキリがないので、読んだら、またこの本の感想を書こうと思います。 |
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| 私は、日本初の選手実敬ゲームの開発現場の同じ部屋にいたし、実名化を実現した人を知ってます。 |
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| 【ゲーム開発での、たぶんレアな思い出話】 日本初の実名選手が出る野球ゲームと、ゲームボーイ『ダブル役満Ⅱ』のキャラクターおじさん、の繋がりの話。 ....... 3/26秋葉原の『任天堂バレーボール40周年橋下氏トークイベント』に行ったことは報告しました。 その時、橋下氏の話を客席で聞いていて、『スーパーリアルベースボール』(VAP)の話が出ました。 これをパックスソフトニカが開発していたとき、私はまだ、フリーランス部長という不思議な立場で、パックスソフトニカに通っていたはずです。 私は、この野球ゲームには全く関係がないチームだったので、このゲームのことは何も知りませんが、 【初の選手実名使用】野球ゲームと、銘打っていたので記憶しています。 ちなみに、私のデビュー作『PC−6001野球ゲーム』では、勝手に実名を使ってたような�・・・。 ........... さて、日本初のその実名化を〈日テレ⇒読売新聞⇒読売巨人軍〉のルートでやり遂げたのが、この『ダブル役満Ⅱ』に出てくる【バップおじさん】(実在人物)なのです。 (注・当時のプロ野球は、まだ巨人軍が音頭を取れていた) ..... 私はパックスソフトニカを離れたあと、【貝獣物語】や【じゅえべえくえすと】の開発に携わってから、そのあと師匠の田村氏とともに、このVAPさんで長く仕事をしました。 その時の担当役員が、この『バップおじさん(実在人物)』でした。 とても面白い方で、本当に良くしていただき、大変お世話になりました。 私がこうしてキャラクターとしてイジっても、(もちろん当時のVAPの有能なアイデアマンだったディレクターさんのキャラ設定です)、笑っておられました。 なので、プロ野球ゲームの実名化のための奔走話を、私は詳しく何度も聞いています。 それを思い出しましたので、私の描いた取説のイラストとともに投稿しておきます。 |
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